人 と称し過ごして3年、かなめはもう十分に人の女となっていた。長い髪を結う滑らかな指の仕草も、白く伸びる二本脚も、今は人そのもの。
唯 一本来の人と異なるは、黒の厳しいまなこあっての並外れた美しさであった。



「か なめ、内に入ってちょうだい」


「わかった」



こ くりと頷いて、木造りの椅子を置き去りにする。「また来るから」木は答えない。寡黙を崩さないのは昔から同じである。こんな姿になってもそれは変わらない のだ。
つらつらとふけった頭を軽く振り、かなめは中へと入った。










翌 日の白昼夢か知らない。かなめの長く垂れる黒髪が風に浮かされ、白の薄い寝着物が太陽の下で光る。一昨日昨日と続いた大雨は、その面影を少しずつ残して名 残惜しく去った。


誰か踏んで、土に隠れそうなこの湖を。生温い風を吸って。




太 陽を背に負い、かなめは雲を見上げた。
薄く、その影のようにひっそりとそこにある月。




─ 昼の月は私を嘲るよう。


だが私もまた月を嘲ているのだ。夜にしか無いはずのお前が、図々し くも昼にまでその姿をあらはす。




「お互い様」呟 いて地に転がる小石を蹴った。
石もまた生きているようだ。わざとらしく、離れて立つ片足に当たった。頭を伏せていたかなめは足の持ち 主を見上げると、眩しく眼を細めた。太陽は背にあるのに、もう一つのそれがここにあるかのように。




「あ なたは猫の癖に、往生際が悪い」


「お前は馬の癖に散策好き」


「僕 はただの馬じゃ無いから。利口な君さえ知らなかった珍しい馬」


人を馬鹿にするような言葉で あるのに、その物言いは何故か撫でるようにかなめを包む。声低く風に乗るその音は、昼間の太陽でさえ凍える程の冷たさであるのに、一匹の黒猫には違う寒さ を伝えた。



「どこから来たの」


「い まそれが重要か」


かなめは口をつぐんだ。重要なのかどうかは解らなかった。



「僕 を覚えて無いんだ、あなたは」


明るく笑う顔に、空虚な金を見る。


「あ なたは」


高いとも低いとも言えないかすれた声で、人の姿の馬は囁いた。


そ の直後、男が倒れる様に覆いかぶさって来た。
かなめの首に、男の額が触れる。
身体が熱い。
熱 がある。



突然男の言葉を思い出した。



(か くまってくれないか)



この男、今まで何処にいたのか。




─ 仕様が無いと思ふ。
この男は弱っているのだ。
人間ならばかような時どうするだろう。
そう考 えて、かなめは恐ろしさにうなじが逆立つ気がした。











「あ りがとう」


「いえ」


「かな め」


「名も教えてくれないの」


「思 い出して」


掠れた声が甘く囁く。


「私 は何を失くしているの」


「熱だよ。今の僕みたいな」


「な ら冷たいわ」


かなめは自分の手の甲を男の頬に当てた。


「あ あ、」
金色の睫毛を伏せ、溜息を付いた。


「人間になったとき、猫のあなた は、」


「   、」












畜 生を見抜く月光
強い光を持った眼
死してこそ語らるる有名故人



人 間は気付かない。私が化け猫だといふこと。