人 と称し過ごして3年、かなめはもう十分に人の女となっていた。長い髪を結う滑らかな指の仕草も、白く伸びる二本脚も、今は人そのもの。 唯 一本来の人と異なるは、黒の厳しいまなこあっての並外れた美しさであった。 「か なめ、内に入ってちょうだい」 「わかった」 こ くりと頷いて、木造りの椅子を置き去りにする。「また来るから」木は答えない。寡黙を崩さないのは昔から同じである。こんな姿になってもそれは変わらない のだ。 つらつらとふけった頭を軽く振り、かなめは中へと入った。 * 翌 日の白昼夢か知らない。かなめの長く垂れる黒髪が風に浮かされ、白の薄い寝着物が太陽の下で光る。一昨日昨日と続いた大雨は、その面影を少しずつ残して名 残惜しく去った。 誰か踏んで、土に隠れそうなこの湖を。生温い風を吸って。 太 陽を背に負い、かなめは雲を見上げた。 薄く、その影のようにひっそりとそこにある月。 ─ 昼の月は私を嘲るよう。 だが私もまた月を嘲ているのだ。夜にしか無いはずのお前が、図々し くも昼にまでその姿をあらはす。 「お互い様」呟 いて地に転がる小石を蹴った。 石もまた生きているようだ。わざとらしく、離れて立つ片足に当たった。頭を伏せていたかなめは足の持ち 主を見上げると、眩しく眼を細めた。太陽は背にあるのに、もう一つのそれがここにあるかのように。 「あ なたは猫の癖に、往生際が悪い」 「お前は馬の癖に散策好き」 「僕 はただの馬じゃ無いから。利口な君さえ知らなかった珍しい馬」 人を馬鹿にするような言葉で あるのに、その物言いは何故か撫でるようにかなめを包む。声低く風に乗るその音は、昼間の太陽でさえ凍える程の冷たさであるのに、一匹の黒猫には違う寒さ を伝えた。 「どこから来たの」 「い まそれが重要か」 かなめは口をつぐんだ。重要なのかどうかは解らなかった。 「僕 を覚えて無いんだ、あなたは」 明るく笑う顔に、空虚な金を見る。 「あ なたは」 高いとも低いとも言えないかすれた声で、人の姿の馬は囁いた。 そ の直後、男が倒れる様に覆いかぶさって来た。 かなめの首に、男の額が触れる。 身体が熱い。 熱 がある。 突然男の言葉を思い出した。 (か くまってくれないか) この男、今まで何処にいたのか。 ─ 仕様が無いと思ふ。 この男は弱っているのだ。 人間ならばかような時どうするだろう。 そう考 えて、かなめは恐ろしさにうなじが逆立つ気がした。 * 「あ りがとう」 「いえ」 「かな め」 「名も教えてくれないの」 「思 い出して」 掠れた声が甘く囁く。 「私 は何を失くしているの」 「熱だよ。今の僕みたいな」 「な ら冷たいわ」 かなめは自分の手の甲を男の頬に当てた。 「あ あ、」 金色の睫毛を伏せ、溜息を付いた。 「人間になったとき、猫のあなた は、」 「 、」 * 畜 生を見抜く月光 強い光を持った眼 死してこそ語らるる有名故人 人 間は気付かない。私が化け猫だといふこと。 |