「何 て素敵なお方なのかしら」

「私、雪乃様にお花を頂いちゃった!」

「え えっ、羨ましい!」



一人でぼんやり廊下を歩いていると、障子越しに侍 女達が沸き立ち話しているのが聞こえた。



─雪乃さんの話か?



障 子に影が写らぬ様に脇に寄り、立ち止まって盗み聞く。


─立ち聞きなどするべきでは無いと思 うが。


そこはまあ、持って生まれた身分を存分に利用させてもらう事にしよう




「─ でね、私が『雪乃様は本当に初雪の様にお美しくて羨ましいです』って言ったら、雪乃様が『あなたの方が明るくて綺麗だわ』って言って下さったの!」


「あ あーん羨ましい!」


「雪乃様は、他の奥の方の様に比べてお高くとまっていらっしゃらないか ら素敵」


「私みたいな田舎者にも対等に話して下さるのよ」




─ ふうん、そうなのか。俺にはあれ以来何も話してくれぬと言うのに。



雪 乃とはあの結婚式の日以来言葉を交わしていない。実を言うと、時春には雪乃が本当にこの屋敷に住んでいるのかさえ解らなかった。



だ が雪乃は確かにこの屋敷にいるらしい。俺以外の人間は今の様にひっきりなしに雪乃の噂話をしている。聞こえて来るのは『雪乃がどれだけ美しく優しいか』と いう事ばかりだ。


『冷たく影のある女』という言葉はまず聞いた事が無い。




あ の夜、初めて彼女の瞳を見た時、彼女の奥に潜む暗い何かを確かに感じたのだ。なのにどうしたものか。他の者にはそれが解らぬようだった。
そ れとも自分の方が間違っていて、最後に見たあの笑顔の方こそ本当の彼女なのだろうか。






「─ それに、時春様ともお似合いよねぇ」



ふいに雪乃の話の中に自分の名を 聞き、時春の肩がびくっと強張った。
雪乃の話の中で自分が一緒に語られると言う事は何もおかしい事では無い。むしろその方が普通であ る。



なにしろ、二人は夫婦なのだから。




だ がその事に対して違和感はあるかと問われると、全く無いとは言切れ無いのが事実。




「時 春様も、ちょっと無口だけどそこがまた素敵よね」


「男前とはあの方を言うんだわ。ただ、も う少し私達とお話して下さったら良いのに」


「それは仕様が無いわよ。私達はただの侍女なん だから」


「そうだけど─」




ぶ うぶう言う侍女達は時春が影で苦笑いをしたのには気付いていない。




「あ ら、茶葉が無いわ。倉庫へ行って来ますね」

中から侍女が出て来る気配がしたので、時春は慌ててその場を立ち去っ た。





廊下を出て自分の部屋 に戻ると、時春は得意の考え事をし始めた。




雪乃 とは別室である。
とは言え、決して遠く離れてはいない。むしろ近い。
2人の部屋は、たった襖一枚で遮られてい る。



それなら別室でも何でも無いではないかという話だが、そういう訳 にもいかないらしい。




─俺はきっと、嫌われてい るのだろう。あの夜の笑顔は俺を馬鹿にしただけだったのではないのか…いや、そんなはずは無いと思うが…


─ ど うした。俺としてはこの方が良いはずだろう。他人と接するなど、俺の最も苦手な行為で無かったか。
侍女達は俺を無口だと言った。確か に俺はあまりものを喋らない。口は災ひの元、悪気は無くとも知らぬ間に憎まれ口と取られてしまうお喋りなど、どうして出来ようか。とにかく口を開かぬ方が 世の中円満にやっていけると言う事を俺は幼少の頃からわきまえていた。



冷 徹、と言われても仕方が無い。俺は何も気にしない。







外 庭が濃い黄昏色に染まり、人が忙しなく夕食の準備をし始める。

もうすぐ日も暮れよう。








   ―共々もいつかは契り申しませ
       今宵貴女を抱くべからずと



















←前項 次 項→


<<メニューに戻る