「お い、竜風!雪乃が逃げたぞ!」


「なっ、なんと!それは真でありますか?」


「疑 うのならばこれを見よ、この役立たずめが!」




竜 風は目の前に突き付けられた紙切れを毟り取り、穴が開く程見つめた。





    私は疲れました。
     時春様が私を守って下さいます。
         どうぞお幸せに。

                  雪乃




「『お 幸せに』だとぉお?」


竜風は顔を真っ赤にしてむちゃくちゃに紙を千切り破いた。



「そ ちのクズの様な娘にわしの一人息子をやったのが間違いじゃったわ!あの小娘、どこへ行ったのだ!え、答えろ竜風!」


「い え、これは私にも解り兼ねまする…!」


「それが嘘であろうが真であろうが構わん!時春を返 せ!」



安春が竜風を蹴り倒そうとしたまさにその時、家来が安春を呼び に来た。



「あの、安春様。役人の方々が御出向きになられております が…何とも、その…」


「その、何だ!」
安春は怒り狂っていた。





「そ の、不正取引…賄賂の事で屋敷を調べさせろ、と」





赤 くなって興奮した猪のような安春の顔が、みるみるうちに青くなり、最後にはみすぼらしく禿げた白豚のようになっていった。









 ― 白絹と 見えぬ明石のこゝち無き
        妖しき明も  いづこへと抱き









                 終












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こ の話は、宿題で古文の問題集を嫌々解いていた時に思いついたものです。

『大和物語』という時代も訳も異なるお話 を、私が読み違い(勘違 い)したものをベースに書きました。笑

本当のお話の内容は、

「昔 は中睦まじかったある夫婦の夫が、ある日愛人を連れてきて本妻と隔たって暮らす。ある夜、遠くで鹿が啼く声がしたので、夫は本妻に『この鹿が啼いているの をどう聞きますか』と聞くと、本妻は『私もあの鹿と同じ。昔の楽しかった日々恋しく泣いている』と歌を詠む。その歌を聞いていたく心動かされた夫は、愛人 を帰してまた昔のように夫婦仲良く暮らした」

という感じだったのですが、私はまあおかしなことにこのように勘違 いを起こしてその先を妄想してしまったというおかしな話です。

初めて書き上げた短編小説です。
思 い出も思い込みも愛も詰まっております。
読んで下さったお方は、感想いただければもう幸せ絶頂でございます。是非に・・・。



                 犬井



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